山本一道さんにいろいろ聞いてみた 【前編】
目次
すごい人に話を聞いてみる企画
『この人はすごい!』と自分が尊敬する人に話を聞いてみる企画です。
以前(2018年1月)、週刊漫画アシスタント時代にお世話になった篠原先生にインタビューをしましたが(※ 篠原健太先生にいろいろ聞いてみた)、今回は有限会社アップルップルの代表でa-blog cmsの生みの親でもある山本一道さんにインタビューをさせていただきました。
今回も『より有益な情報を得たい!』ということで、了承を得つつ、なるべく普通のインタビューでは聞きづらいようなこともあえて聞いています。
自分が思う『一道さんのすごいところ』
- a-blog cmsの開発者
- ユニット(ブロックエディタ)機能をいち早く開発しCMSに導入した(※参考記事参照)
- WCANという大きなイベントの運営をすることによってwebに関わる人たちの情報発信と共有・ウェブ関連の文化育成に多大な影響を与えた
- 新しいものへの好奇心が旺盛で、貪欲に情報をインプットしていく才能
- a-blog cmsに関することや開催するイベントに関しても、人を喜ばせたり楽しませようという気概に溢れたエンターテイナーであるところ
いろいろ聞いてみた
今回のインタビューは、2018年4月21日に金沢の15VISION事務所にて行われました。
(前日にa-blog cmsの勉強会があり、一道さんにいろいろ話を聞きたいと依頼したところOKしていただきました。)
生い立ちについて
まずは生い立ちについて聞きたいんですが、子供の頃から大人になるまでにどんな思い出がありますか?
中学生の頃、自分は学年で二番目に背が小さかったんですよ。高校入ってから今の身長まで伸びてるんだけど、すごくちっちゃくて運動もできなくて。ダメなやつでした。
パソコンはね、高校生から。
当時のパソコンというと、OSは何ですか?
パソコンが NEC PC-8801mkII ってヤツで、OSは何だろ? BASIC とかでプログラムを書いてた。
当時、パソコンでは何をしてたんですか?
まぁゲームをやってたんだろうね… 。
その頃からプログラミングを多少はやってて、で、その後高校卒業して専門学校に行って。システムの会社に就職できるような専門学校。
で、車に目覚めて。
車…。
(笑)
勉強はちゃんとしてましたよ。
それで、専門学校に入ってからは基本的にパソコンは一切触らなくなって。
えっ!? 触らなくなったんですか?
高校卒業して、車の免許取って、専門学校に行くようになってからはもうパソコンは封印されて。
結婚してから初めて自分のパソコンを買った。…と言うか、正確に言うと買ってもらった。奥さんに(笑)。
専門学校に入って、車で遊んで、で卒業して。
就職はちゃんとしました。
就職は鉄鋼系のシステム会社で、同期が170人・会社全体で1500人くらいいるようなシステムの会社で、プログラマーとして入りました。そこで入社して3〜4年 COBOL でプログラムを書いていて、そこでマックに出会いました。なので、初めて触ったマックは随分古く PowerBook 140 というヤツ。マックはプログラムというよりは仕様書を書くための機械でした。
それで、そこにいる頃にパソコンが好きな後輩がいて、「パソコンなんかやって何が楽しいの?」って言ってるような時期もありました。
その後、その後輩も車好きにしてやりましたけどね。
何だかイメージが違いますね…。専門学校ではどんなことを学んだんですか?
専門学校は名古屋電子計算機専門学校というところで、プログラマとかSEとか、そんな人になるために通う学校でした。
今は名前が変わって情報メディア専門学校になってる。基本的には国家試験の資格を取るみたいなやつで、3年間のコースで1年の秋に第二種情報処理技術者試験をパッと取ったんですが、あまり勉強しない子だったので、その上の資格は取れませんでした。
車にのめり込んだということは、専門学校には車で通っていたんですか?
はい。
本当はダメなんだけどね。近所のガソリンスタンドでバイトして、そこに車を置いて学校に行ってました。
電車通勤は今の名古屋駅前に引っ越してくるまでやったことなくて、それまでずっと車通勤でした。なので、40過ぎて電車で移動中に寝てると職場に着くってのは楽なんだな、ってのを知りました。
子供のころにやっていたことや習慣などで、大人(今)になって活きていることはありますか?
高校生の頃にうちの親がパソコンを買ってくれたのが、きっと少なからず今に活きてるんだと思うけどね。
それは一応感謝しておかないとね。
なので、自分も娘には結構小さい頃からパソコンを与えています。フロッピードライブにゴミを詰めて遊んだり、一体型のマックにまたがって遊んでたりもしていましたね。
会社員時代について
2つの会社での勤務を経て独立へ
会社員として在籍したのは専門学校を卒業してから就職したシステム会社だけですか?
一応システムの会社を辞めた後、次は地域の小さなプロバイダーの会社に入りました。
(パソコンで調べながら)
このサイト(プロバイダーの会社のサイト)、あまり言いたくないけど、私が作りました(笑)。
その当時のままということですか?
はい。まだ変わっていないようですね。
(サイトを見ながら)
一応、情報(お知らせ)は更新されているみたいですが…。このCGIもきっと私が作ったやつですね。この会社には5年くらいいました。
そこはどうして辞めたんですか?
まぁ、その会社にいながらお客さんのウェブサイトを作る仕事もしてたけど、それを専業でやっていきたいなって思って。
a-Nikki(※)ができたのは、そのプロバイダーの会社にいた時ですか?
※a-blog cmsの元になった日記のCGIのようなもの(→ 参考:a-blog から appleple CMS へ)
─── a-Nikki 〜 a-News 〜 a-blog 〜 a-blog cms と進化していった
はい、そうですね。
a-Nikkiはどんなものだったんですか?
わかりやすく言うと、“テキストユニットだけのa-blog cms”みたいな感じです。
で、entry.html(※)しかない、という言い方をするとわかりやすいかな。
※a-blog cmsはtop.html(トップページ)・index.html(一覧ページ)・entry.html(詳細ページ)の3つの基本ページで構成される
それ(a-Nikki)を販売したりしていたんですか?
基本的には趣味で作っていたようなものなので、タダで使っていいよって言う感じでした。
仕事で使う人に対してはいくらか…何千円か寄付してください、みたいな感じです。
インターネットの前、そしてインターネットが出てきてから
パソコン通信・オフ会・出会い
ちょっと話の時間は戻りますが、最初のシステム会社にいた時にはまだインターネットはありませんでしたよね?
はい。ただパソコン通信はありましたよ。
鈴木さん(有限会社アップルップルのディレクター)とはそこで知り合っているんです。1996年(※下記補足参照)とかなのかな。
パソコン通信ですか。
鈴木さんとはオフ会で初めて会ってる。
その頃にオフ会とかって無かったですね。今ならわかるかもしれないけど。
その当時は携帯も持ってないし。
鈴木さんとは『駅であんぱんと牛乳か何かを持って立ってる』のを目印に待ち合わせでしたね。(笑)
そんな話がありましたよ。
パソコン通信といえば Niftyとか大手がやってるテキストベースのものが一般的でしたが、私の場合は自宅にマックをサーバーに専用で電話回線を引いて、そこに電話をかけて繋ぐみたいなもので、FirstClass という GUI ベースのシステムは結構画期的なものだったんですよ。
だから我が家にはアナログ回線が2回線ありました。
家にはパソコンから電話が掛かってくるんですよ。『ピーガガガガガ』とかって。
電話が掛かってくるとパソコンにメッセージが残ってるみたいな。
パソコン通信用のソフトを入れて、でメッセージのやり取りをして、『今度いついつオフ会をやりましょう』みたいなことをやっていました。
※2018.5.2補足
アップルップルの鈴木さんより『Windows95が出た年なんで多分95年ですね〜。当時はネットに繋いでる人はまだ少ない時代でした。』というツイートをいただきました。なので正確には1995年のようです。
携帯電話のカメラ
携帯電話にカメラが付いたのっていつだったかな…。確か…。
(調べながら)
SH04。これからですね。
自分はこれを買った時にモブログ機能(※)で、携帯で撮った写真をメールで送るとウェブに載せられるってやつを作ったりしていました。
携帯電話にEメールが読めるようになった時に、SH04よりちょっと前だったのかな、それまでは携帯電話のキャリア同士じゃないと送れないシステムだったけど、Eメールが送れるようになった時に、メールサーバーに自分の個人のメールサーバーに届いたメールを解析して、特定のメールだけを携帯電話に転送するとかそういうプログラムを自分で作っていた時もあります。
何か新しいものが出ると色んなものを作ったりしていました。
※携帯電話などの携帯通信端末からインターネットに接続して閲覧・投稿ができるブログ(ウェブログ)のこと
モブログとは - IT用語辞典 Weblio辞書
a-Nikkiの進化
a-Nikkiからa-blog cmsに至るまで
a-Nikkiのあとはa-Newsというやつになってニュースサイト運用用のCGIで画像が付けられるようになりました。
テキストと画像が1セットになって入力できるような形のシステムでした。
画像を入れなければテキストだけが出るとか、画像だけ入れてテキストは空とかそういうUIで最初は作られていて。
で、その後a-blogというやつになったんですが、a-blogになってもそこはそのまんまだった。
a-blogになった時は Movable Type が出てきた頃ですね。
一番最初にできたa-Nikkiはなぜ作ろうと思ったんですか?
それはサイト更新するのが面倒くさいから。
ブラウザでできた方がいい。
自分じゃなくても誰でもできるようにするのがいいなと思って作りました。
当時はまだブログという言葉がないから、ブログがない時代は日本人はネットで日記を書く文化がありました。
さるさる日記とか…ほら。
(調べながら)
レンタル日記の草分け的存在で ──とか書いてある。
こういうサービスがあって、日本人は自分のホームページに日記と掲示板、それとカウンターがあったりして。
そういう時代があって、で、ブログが入ってきて、世の中がブログブームになって。
どこもみんなブログサービスを始める、みたいな感じになりました。今はほとんど残っていないと思うけど。
だから当時の大手のプロバイダは自分のお客さんのためのブログサービスを作ったりとかしていましたね。
a-Newsについて
a-Nikkiは自分のブログみたいな感じで使い始めて。
デジカメが最初に出たのっていつだろう。
(調べながら)
あーこれだ。
このDS7を買って。で、DS8ってのを買って、で次はこれ、と出る度にデジカメを買い変えていた時期もありました。
やっぱり出たばっかりの製品って新しいモデルが出るとすごく良くなるんだよね。
今で言うとドローンとか新しい製品が出ればどんどん性能が上がっていく。
で、そういうデジカメで撮った写真を載せたいから、画像が載せられる機能が付いたa-Newsになって。
それはなぜ名前を変えたんですか?
気分的に。
a-Newsと同じ頃にa-Columnっていうのを作ったこともあって。
a-NewsはWordPressで言うところのポスト、でa-Columnは固定ページみたいな…。
あれは今でももしかしたら作り直したらいいんじゃないかって思っている。
何がよかったのかと言うと、静的なHTMLファイルをフォルダに入れるだけで一覧ページを作ってくれるの。
基本的にはデータベースを使っていなかったので、フォルダにHTMLファイルを入れていくと、一覧ページを見た時にはそれがリストになって出てくる。
そういうものを作ってて…。だから、文章として流れて行かずに残しておきたいものを載せられるのがa-Column。
a-Columnとa-Newsというの使って、あとリンク集的なものを作るCGIも作って、それを合体して一つの一つのサイトを作るって言うことができる仕組みも持っていたんですよ。
それはみんなPerlで書いてて、データベースもなかったんです。
その頃はレンタルサーバーを借りて何かをやるって言う文化もなかったし、プロバイダーの『チルダ( ~ )なんとか』みたいなところにHTMLとかCGIとかアップする時代だったので。
で、その後PHPとかデータベースとかが普通の人でも使えるようになってきて、ブログを作り始めました。
アップルップルから葬り去られた歴史
ブログを作る前に、実はアップルップルの歴史の中で葬り去られていることが一つあって…。
絵日記.jpって言うものなんだけど……。
(検索しながら)
うーん…でない。
何て言うのかな。それこそモブログですよ。
みんながブログを始めだす前にやってたもので。
その頃ヤプース!(日記無料レンタル『ヤプース! ─ メールでフォト日記!』)っていうサービスがあって、そのヤプース!とうちの絵日記.jpっていうサイトが日本に二つだけ。
携帯で写真を投稿すると日記が書ける、って言うサービスをやっていた時期があった。
でもヤプース!はGMOに買収されてる。なんでうちにはそういう話来ないの!?みたいな(笑)。
ヤプース!のアクセスが多くなってサーバーがこけたりすると、翌日に申し込みがたくさん来たりしていました。
そんなふうにサービスを頑張っていた時期もあって。
それはうちがサービスとして始めたんだけど、アップルップルがまだ個人でやっていて法人化する前のことなんだけど、 当時そういうサービスを初めて、で、お金にすることがなくて。
何て言うんだろ。今ほど課金をするための仕組みもなく、さらに課金してもいいって思ってる人たちも世の中にいないような状況でした。“ネット=タダ”みたいな。
で、(絵日記.jpを)始めたはいいものの、やめるのもなかなか難しかったんです。
本当に辞めるのは苦労しましたよ。
だって過去に何千人もの人が使っていて、最新の写真とかが上がってくるじゃない?
子供を公園に連れて行って歩いてる写真とか、で、その人の日記を過去にさかのぼっていくと結婚式が出てきたりとか、さらに付き合い始めた頃の写真が出てきたりとか、この人たちの歴史がここにあるのに、これをやめて大丈夫なのか?みたいな。
今みたいにクラウドサービスがあるわけでもないから。
最初のうちは携帯電話も画素が少ないから、すごく小さいサイズの写真しか溜まっていかないんだけど、だんだん性能が良くなって写真も大きくなっていくし。それで専用サーバー1台で使ってて、そのサーバー分の利用料は毎月マイナスになるような状況でずっとやってました。
やめる時には、『すいません、これ以上続けられません』って。
で、他のサービスにデータをコンバートしてあげたりとか、静的なHTMLに書き出してDVDに焼いて送ってあげたりとかしましたね。
まぁ、それは作業をする分は手数料をちょっとだけもらって。
じゃあ利益にならないような状況で最初はサービスを提供していたんですね。
そうですね。
10年まではいかないけど、(サービス利用者に)子供が生まれてから小学校に入るくらいまでのデータが上がってたりしたので5、6年くらいかな。
お金を生まないようなサービスとして、ずっと運営をしていた時期があります。
そういえばa-blog cmsのaって何なんですか?
アップルップル(appleple)の a ですね。
なるほど。a-Nikkiのaじゃなかったんですね。
最初はappleple-Nikkiっていう名前のCGIにしようとしていたら、鈴木さんに長いよって言われて、じゃあ短くしておこうか…みたいな。
アップルップルとa-blog cmsのこれから
新しいサービスの開発
(アップルップルの経営理念をパソコンで表示 ※近日、アップルップルのサイトにも掲載されるそうです)
うちはウェブシステムの会社だけど、この次は新しいサービスを作っていかなきゃいけないと思っています。
2000年からCMSを作っているアップルップルとしては、何か他のことをするのではなく、お客さんが使いやすくてウェブを更新しやすい仕組みづくりっていうところをメインの軸として、何かしらのサービスを作る義務があるかなと思ってて。
今のもの(a-blog cms)に代わるもの、今のはすぐにやめたりはしないけど、新しいものを作りたい。
CMS開発もやりつつ新しいものも作ると─
はい。
でも、今の9年かけて積み上げてきた、何でもできる高機能な仕組みを1から急に超えることにはなりません。
まずは、シンプルな機能から。
まずはa-blog cmsで言うところのエントリー(詳細ページ)が作れるところをまず作ってみる。エントリーが作れるようになったら、次はインデックス(一覧ページ)が作れるようにする。で、トップページが作れるようにする、と。
それはa-blog cmsと一緒ではないですか?
うちはCMSを作ってる会社ですから。
最終的にはそれもCMSになるんだと思う。
a-blog cmsではない別のCMSになるということですか?
次の時代のね。
a-blogのソースは一切使わずにa-blog cmsが作られていったのと同じように、a-blog cmsの次のものをサービスとして作ると思うし、まぁそれがインストール型にできるかどうか、まだそれはちょっと分からないけど。
それは今後、a-blog cmsがバージョンアップしていった際に付加される新機能、つまりダイレクト入力なUIを持った進化版のa-blog cmsということではないんですか?
別のものですね。
それは今のものを引きずっていることによってできないことってけっこうあって。データの構造とかもそうだし。
だから一回今のことは全部忘れて、自由に作っていいよ、って言った方が面白いものができると思う。
で、それが失敗したら捨てればいいじゃない。
ウェブサービスなんて100個作って1回上手く行くぐらいのもんなんだから。
a-blog cmsは終わっているはずだった
a-blog cmsに関しては、今後どのように進化していくんでしょうか?
自分がこんなこと言ってはいけないような気もするけど、a-blog cmsは2014年で終わると思ってました。
えっ!?
リリースが2009年でしょ。5年後には使われなくなるだろうと思ってたんです。
a-blogが2004年から2009年の5年間で、a-blog cmsは2009年から5年くらいは……きっとその頃にはもうサービスが変わってなきゃいけない。例えば、レンタルサーバーを借りて自分でインストールする。そんなこともやらなくなっているだろうと。
まだやっていますね。
やってるよね。そこがね、ちょっと自分としては当時思ってたのと違う。
自分は未来のウェブがどうなってるかよくわかんないけど、例えばフォトギャラリーを作りたかったら写真のサービスのところから写真のデータを引っ張ってきたら勝手に出来ちゃうとか、スケジュールをサイトに載せたかったらスケジュールの、例えばGoogleカレンダーみたいなのからデータを引っ張ってくるとカレンダーができてくると。
だから、いろんなウェブサービスを切り貼りしてペタッと貼れる、貼れればウェブサイトが出来上がる、というのが来るんじゃないかと2009年の時に自分は思ってて。
それで、a-blog cmsが出た5年後ぐらいには……
そういった形で他のサイトやサービスからデータを引っ張ってきてサイトを構成するようなことは実際に起こっていますよね。
はい。でも自分が思っていたところまではまだ来ていない。
まぁでもそれが実現したとして、お知らせのコンテンツは必要じゃないですか。
そこを表示させるための仕組みとして、うちのシステムは生き残れるようになろう!と、2009年の頃は思っていました。
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後半へ続く
・これからウェブで仕事をする人に
・ウェブのこれからについて ─ ウェブの過去と今と未来 ─
・WCANなど、主催するイベントについて
・ユニット(ブロックエディタ)システムを作った功績